日常28 祖母と梅雨
6月に入って、梅雨が来るか来ないかというあたりで、祖母が言った。
「栗の木の花が茶色になったら梅雨が来るんじゃがのぅ」
ふさふわの黄色いフサのようなものをたくさん垂れ下げている栗。
あの独特な香りが孫はキライだった。
でも、祖母の一言で少しだけ気持ちが変わってきた。
4月、いろんな花が咲く頃、栗の木ももれなく咲き始める。
祖母の家周辺の栗の木は、ちょうど筍の収穫時期とかさなる。
この、栗の花の香りで満ち満ちた裏の畑で、祖母が筍の皮をむいている記憶がたくさんある。
まだ、背筋がきちんと伸びていて、台所でアク抜きをする祖母を覚えている。
だからだろうか、孫は結構最近まで、この栗の花の香りを、筍の灰汁の匂いだと思っていた。
大きな鍋で炊いて灰汁を抜くとき、いつも勝手口の扉を開け放っていた。
その勝手口の向こう側には、たいてい栗の花が満開だった。
この独特な香りが栗の花のものだとわかってからも、孫は「筍の灰汁」というイメージと脳みそが連想してしまって、勝手に「栗の花の灰汁」と命名していた。
個人的はものすごくキライなのだけれど、職場の先輩に話すと、スキな香りとのこと。
人によるのかー!?と、ものすごくびっくりしちゃったのだけど。
今年もその栗の花の時季はきて、蒸し返すような香りで家も畑もいっぱいにしてくれた。
さらに、梅雨がなかなか来なくって、満開の時季がそれはもう長かった。
そんな折、祖母が言ったのが上記の言葉。
そして、その言葉から1週間ほどすると、栗の花が地面に落ち始めた。
その色は、祖母の言っていた茶色をしていて、
祖母の言葉通り、栗の花が茶色くなって幾日もしない内に、梅雨がきた。
そして、あの香りも気がつけば無くなっていた。
あの蒸せ返すような香りは、梅雨と一緒に地面に落ちた。
こうやって、季節を待ってみるのもいいかもしれない。
季節の香りを体に染み込ませて、記憶していくのもいいかもしれない。
秋のイガイガに思いをはせて、梅雨を過ごしていくのも、いいかもしれない。