おばばと暮らせば

瀬戸内海海域の中山間部に住む、90歳のおばばと孫の暮らし。おばばの言葉や思い出が面白すぎたので記録取っていくことにしました。

日常100  祖母、卒寿

 

 

 

 

祝、祖母、卒寿。

90歳になった。

 

そして、この90歳になって、祖母悟ったらしい。

90歳にして、やっと生きやすくなったという。

 

 

 

庭に植えた桜の葉っぱを、祖母はデイサービスに行く前に必ず履く。

履いても履いても、毎日散らばってわやくちゃになる庭で、

祖母はときどきぶつくさ文句をいう。

 

祖母は、自分がこれまでやってきた習慣を、孫にはやらせてくれない。

まあ、本心はやってほしいのかもしれないんだけど。

やるなと言われたので、孫はやらない。

ずっと、祖母が自分から「手伝って」というまで、手を出さない。

 

祖母がまともなときに言っていた「自分のことは自分でする」という言葉を、

孫はいついかなる時も、「信じる」という約束をした。

 

あえて「まとも」というけど、基本祖母はまともだ。

でも、本当にときどき、やっぱり頭の中で歪んだ認知が大音量で合唱し出すから、

そうじゃないときの、祖母の言葉を孫はずっと信じて暮らす。

 

人を信じるって、めちゃくちゃ難しい。

きっと、孫がした方が安全だし、祖母がこける心配だってないんだけど。

それでも、二人がした約束は祖母が自分のことをできる限り自分でするということ。

なんかあったとき、孫がやっていればと後悔するかもしれないけれど、

それでも、孫と祖母は「祖母がやりたいことを、祖母が自分でする」ことを、選んだ暮らしをしている。

 

 

 

 

その日もこの90歳は一生懸命箒で庭を掃いていた。

そして、悟ったそうである。

 

 

 

孫よりながく生きている桜の葉っぱは、毎年必ず散ってまた花を咲かす。

毎年死んでは、毎年花を咲かす。

葉っぱはめんどくさいけれど、それがあるからまた花を咲かしてくれる。

祖母は、そう思ったそう。

 

なんでもかんでも、ありがたいことだよと、食後に話す祖母はちょっと清々しそうだった。

 

花が見れるというワクワクした嬉しい気持ちからの「ありがたい」は、心が軽くなるよう。

しょうがないとか、やらせてしまったとか迷惑かけたとか、そういう感情からくる「ありがたい」より、ずっとずっと生きやすそう。

 

 

 

 

毎日は、何でもかんでもワクワクしたものでは、決してないだろう。

身体はゆっくり死の準備をしているし。

孫は祖母の言う通りにできないことが多いし(苦笑)

それでも、祖母は前よりずっと生きやすそう。

 

 

 

 

それはもしかしたら、孫が誰かに言われて一緒に暮らしているとか、かわいそうと思って一緒にいるわけではないと、90歳にしてやっとわかってくれたからかもしれない。

 

 

 

 

祖母、卒寿。

90年たったの命は、すごく穏やかだ。

 

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孫、お仕事のため不在のなか、孫の両親と弟がお祝いしたケーキ(ちなみに今年の誕生日プレゼントは、スヌーピーの円座です)

 

 

(ブログも100日常です)