おばばと暮らせば

瀬戸内海海域の中山間部に住む、90歳のおばばと孫の暮らし。おばばの言葉や思い出が面白すぎたので記録取っていくことにしました。

日常103 祖母とキャベツ

 

 

 

孫、キャベツ大好きなんです。

 

いっときめちゃくちゃ高かった時期があったじゃないですか。

 

あまりにも、キャベツが高くて、ひとたま400円近くしてて、

 

なんじゃこりゃと、愚痴っていたんです。

 

 

 

 

 

 

祖母はあんまり孫にどこへ連れて行けとか、どこに行きたいとか言わない。

 

多分もう腰が曲がって、同じ姿勢で長時間いるのがしんどいのと

 

体力がなくなってしまって、外へ出ても楽しくないんだと思う。

 

でも、年に数回だけ、祖母はちょっと遠出をする。

 

地元の何でも屋さん「ジ○ン○ンドー」に。

 

 

 

 

 

祖母が、ジ○ン○ンドーへ連れてくよう孫に言ったのは、ちょうどキャベツが高騰の頃。

 

 

 

 

嫁(孫の母)が育てるって言ってるからアスパラを。

 

息子(孫の父)が好きだから生り物を。

 

これは末孫(孫の妹)が育ててるやつだ、

 

あれは親戚の誰かが好きなやつだ、

 

あれは昔育てたことがあるなどなどなど。

 

 

 

 

祖母はぽんぽこぽんぽこ、孫が押すカートへタネやら苗を入れていく。

 

そのたびに「これは誰かが好きだから」という言葉。

 

誰かに食べさせるために、祖母は90になった今も畑に出る。

 

そんな祖母、最後に一つ見つからなくて孫に探せと言ってきたのが「キャベツ」だった。

 

 

 

 

「育ててくれるん?」

 

 

「あんたがやかましゅうゆうけえね、育てちゃる」

 

 

 

孫は、素直だけが取り柄なので、そりゃあもう飛び跳ねてまじで大喜び。

 

それが、今から数ヶ月前の話。

 

 

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外側はアオムシたちに食べられてるけど、みかんの虫除け効果か、内側は綺麗なんですよ



 

 

祖母はみかんの皮を炊いて、虫除けにする。

 

そうしたらそのまま食べられるだろうと。

 

アオムシとの格闘の末、とうとう巻き始めたキャベツに、祖母の方が喜んでいた。

 

できたキャベツは、びっくりするほど味が濃かった。

 

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ツヤッツヤなキャベツの出来上がり

 

日常102  祖母の三男とお魚くわえたノラ猫さん

 

 

 

 

 

よく、高齢者との話で、昔のことを思い出させたらよくないって聞く。

祖母はまだそこまでボケてないと思うっていうのと、本人が勝手にしゃべる。

それを、孫は密かにメモってる。

 

 

 

 

今日はそんな昔話の一つ。

 

 

 

 

祖母、今でこそ田舎に住んで、我が一族の家守りになってるけど、

結構県内を転々と住んでいたみたい。

 

で、なんと酒どころに住んでいたこともあるらしい。

 

そこに住んでたときに迎えた、祖母の三男(孫の叔父)の何回目だかの誕生日。

祖母はせっかくだからいい思いをさせてあげたいと、鯛を用意した。

 

 

 

鯛。

 

 

 

丸々一匹用意したのかはわからないけど。

まあ、多分奮発して、叔父にだけ用意してあげたと言っていたから切り身かもしれない。

 

 

 

でも、鯛。

 

 

 

それを、さあいざ準備した瞬間、なんとノラ猫にあっさり持ってかれたらしい。

 

 

もう、この時点で孫の脳内某アニメの主題歌しか流れていなかった。

 

 

お魚くわけたノラ猫、追っかけて

流石に裸足で駆け出しはしなかったようだけどw

 

 

 

酒造「サ○ケ」の床下に逃げ込まれ、泣く泣く断念したんだって。

 

 

 

今も、このサ○ケさんまだあるらしい!!!!

 

 

 

 

 

 

あのアニメ主題歌は、本当に日常生活だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

こんな話をしてくるんだもん、昔話、どんどんしてほしいって内心思っちゃう孫である。

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秋晴れです

 

日常101 祖母と柿

 

 

うちの柿の木、去年は全く実をつけず、

深い緑の葉っぱをつけて、ちょっとお化けのようだった。

 

 

柿には、「裏年」という時期があるという。

 

 

実をつけない年のこと。

 

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柿の木

 

 

 

 

 

かつて、昔、数十年前。

祖母は舅(孫の曽祖父)と一緒に、毎年正月に「成木ぜめ」というまじないをしていた。

 

 

 

 

 

「なるかならんかならにゃあ切っちゃる」

 

ひとりがそう言って、柿の木を脅し、すぐさまもうひとりが、

 

「なるなる」

 

と、柿の木の代わりに返事する。

 

「ほうか、それじゃあ、食え」

 

そう言って、小豆粥を根本にかけてやる。

 

 

 

 

 

孫の住むエリアだけでなく、日本全国にかつてはあった正月の風景である。

 

 

 

ただ、地域ごとにそのやり方は様々で、隣の町と孫の住む村でさえ、少しやり方が異なる。

本当に切ったり、木の棒で叩いたり、やり方はそれぞれ。

切り口に直接粥を流し込んだりするところもあったそう。

 

もし、これを読んでくれてる方で、家に柿の木があったら、

どんなやり方をされていたか、じじさまばばさまに聞いてみてほしい。

 

 

ちなみに、柿の木にやる小豆粥もちょっとこだわりがある。

とんど(「どんど」とも。「どんど」の方が辞典に載ってる)で焼いた餅を、

炊いたあずきの中に入れるバージョンもある。

 

 

つまり、これは小正月1月15日にやっていた習俗のよう。

 

 

 

 

 

去年の秋、この話を聞いて、実際やってみる?とワクワクして聞いてみた。

「裏年じゃけえ、ならんだけじゃ」

と、ごもっともな現実的なご回答をしてくださった祖母。

 

 

 

 

かつて、昔、数十年前。

孫のご先祖様たちにとって、柿も大事な収入源だった。

だから、実がならないとか、死活問題なのだ。

木があんまり好きじゃなくて、庭の木をことごとく切り倒していた祖父でさえ、

柿の木は切るなというくらい、思い出も現実的な問題もぎゅっと詰まった柿の木である。

 

 

 

そんな柿の木は、祖母の言う通り、今年はそれはもうたっぷりと実をつけてくれた。

熊が柿の実目的に降りてくるくらい。(マジ怖い)

 

 

 

現実的な答えを持っていた祖母だけど、

草木や花に、いたわる声かけを欠かさない。

もちろん、柿の木にだって話しかける。

そのほうが、よく育つんだそう。

 

 

 

豊作を願い、祈る気持ちは、令和になった現代だって変わらず人の心にある。

習俗は無くなっていくけれど、伝え続けられていることは、

その行為というより、そこに込められた気持ちなのかもしれない。

 

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とりあえず、今年は無事に父の大好物である干し柿が作れそう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日常100  祖母、卒寿

 

 

 

 

祝、祖母、卒寿。

90歳になった。

 

そして、この90歳になって、祖母悟ったらしい。

90歳にして、やっと生きやすくなったという。

 

 

 

庭に植えた桜の葉っぱを、祖母はデイサービスに行く前に必ず履く。

履いても履いても、毎日散らばってわやくちゃになる庭で、

祖母はときどきぶつくさ文句をいう。

 

祖母は、自分がこれまでやってきた習慣を、孫にはやらせてくれない。

まあ、本心はやってほしいのかもしれないんだけど。

やるなと言われたので、孫はやらない。

ずっと、祖母が自分から「手伝って」というまで、手を出さない。

 

祖母がまともなときに言っていた「自分のことは自分でする」という言葉を、

孫はいついかなる時も、「信じる」という約束をした。

 

あえて「まとも」というけど、基本祖母はまともだ。

でも、本当にときどき、やっぱり頭の中で歪んだ認知が大音量で合唱し出すから、

そうじゃないときの、祖母の言葉を孫はずっと信じて暮らす。

 

人を信じるって、めちゃくちゃ難しい。

きっと、孫がした方が安全だし、祖母がこける心配だってないんだけど。

それでも、二人がした約束は祖母が自分のことをできる限り自分でするということ。

なんかあったとき、孫がやっていればと後悔するかもしれないけれど、

それでも、孫と祖母は「祖母がやりたいことを、祖母が自分でする」ことを、選んだ暮らしをしている。

 

 

 

 

その日もこの90歳は一生懸命箒で庭を掃いていた。

そして、悟ったそうである。

 

 

 

孫よりながく生きている桜の葉っぱは、毎年必ず散ってまた花を咲かす。

毎年死んでは、毎年花を咲かす。

葉っぱはめんどくさいけれど、それがあるからまた花を咲かしてくれる。

祖母は、そう思ったそう。

 

なんでもかんでも、ありがたいことだよと、食後に話す祖母はちょっと清々しそうだった。

 

花が見れるというワクワクした嬉しい気持ちからの「ありがたい」は、心が軽くなるよう。

しょうがないとか、やらせてしまったとか迷惑かけたとか、そういう感情からくる「ありがたい」より、ずっとずっと生きやすそう。

 

 

 

 

毎日は、何でもかんでもワクワクしたものでは、決してないだろう。

身体はゆっくり死の準備をしているし。

孫は祖母の言う通りにできないことが多いし(苦笑)

それでも、祖母は前よりずっと生きやすそう。

 

 

 

 

それはもしかしたら、孫が誰かに言われて一緒に暮らしているとか、かわいそうと思って一緒にいるわけではないと、90歳にしてやっとわかってくれたからかもしれない。

 

 

 

 

祖母、卒寿。

90年たったの命は、すごく穏やかだ。

 

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孫、お仕事のため不在のなか、孫の両親と弟がお祝いしたケーキ(ちなみに今年の誕生日プレゼントは、スヌーピーの円座です)

 

 

(ブログも100日常です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日常99 祖母と靴

 

 

 

ご機嫌がいいとき悪いときって

普通にたくさんあると、孫は思っている。

 

 

でも、今年の夏。

もしかしたら老化の一つなのかなと、思うことがあった。

 

 

 

 

 

例えば、本当に時々だけど、時系列がおかしくなる。

本当に時々ね。

祖母の話すことが、それはいつのことなんだろうって孫が思ってしまうことがある。

 

孫が絶対知らないことを、孫と一緒に経験したように語ったり。

明らかに数年前だったことを、つい先日だったことのように語る時がある。

 

本当に時々ね。

 

例えば、聞こえてくるものが、時々変に聞こえてる。

救急車の音を猫が鳴いてるとか。

誰かがきたと思ったら、誰もいなかった、おかしいなあってあとで教えてくれる。

 

本当に時々ね。

 

ほかにも、電気の消し忘れや水道の出しっぱが増える。

でもこれって歳関係なく、ちょっと疲れてるときとか、ちょっと気を抜いたとき、本当に時々なことだけれど、やってしまうから、そういうもんかなって思って。

孫はいつも気に留めてなかった。

さすがに、真夏の朝、リビングが冷え切っていて、エアコンが付いていることに気づかず、

「昨晩は寒かった」って言っていたときは、ちょっとびっくりした。

 

そして、自分の靴を、自分のではないと言ったりする。

「おばあちゃんのだよ」って、孫はとっさに言葉にできなかった。

どう、答えるのが「正しい」のかわからなくて、「そっかあ」なんて、間抜けな返事をしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

本当に時々ね、祖母の頭のなかが「誰かの所為」でいっぱいになる。

それは、孫だったり、嫁だったり、甥や息子、デイサービスの誰かだったりする。

そうやって、いっぱいになった「誰かの所為」は、少しずつ祖母を苦しめちゃう。

誰も彼も信用できないってなってしまう。

 

 

そんな祖母の頭のなかの「誰かの所為」って、きっとオーケストラみたいなんだろうなって思う。

じわじわずっと響いてる。

いろんなパートでいろんな音で、いろんな形で響いてる。

それは、もしかしたら、響いている間は心地よいのかもしれない。

自分がボケてるのかもしれないって自覚するのは、本当に辛いことなんだと思うんだ。

だから、きっと、交響曲第89番「誰かの所為」が流れている間は、それを聞き入っちゃうんだと思う。

聞き入っている間は、めちゃくちゃ気を張っている気配が家中に張り巡らされているんだけど。

 

 

 

 

 

でも、そんなすごい交響曲も、ピタッとやむ瞬間がある。

 

 

 

 

ケアマネさんや、デイサービスの職員さんから指摘されたとき、

祖母の頭のなかのオーケストラはピタッと奏でるのをやめるみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関にある靴を、自分のじゃないと言った日。

祖母は、一週間前のデイサービスで誰かが自分の本当の靴を持って行ったんだと言い張った。

でも、この一週間の間に、祖母は別の施設へ行っていた。

もちろん孫も毎日玄関やデイサービスに出る祖母を見ているんだから、一週間も気づかなかったってことは流石にないだろうって思った。

でも、頑なな祖母は、その靴を履かずに、別の靴を履いて迎えの車に乗り込んだ。

 

帰宅後の祖母は、ちょっと恥ずかしそうに言った。

「わしゃあ、おかしくなりよるわあ」

靴にちゃんと、名前が書いてあったという。

それを指摘したくれたのは、デイサービスの職員さん。

自分の認知がちょっと歪んできたなと、自覚するきっかけが、

祖母にとっては職員さんみたい。

そんなとき、祖母の頭のなかの交響曲第89番「誰かの所為」は響かなくなる。

そして、その瞬間誰のことも疑わないから、ちょっと気楽になるみたい。

 

 

 

 

祖母の頭のなかのオーケストラは、今どのくらい響いているんだろう。

今日は、どんな音が奏でられているんだろう。

それとも、響かせていない日なのかな。

孫は、それを否定しないってことしか、日々できないのだけれど。

 

祖母が自分の意思でオーケストラを指揮ができる時間ができるだけ長いといいなと思う。

そうすれば、「誰かの所為」じゃなくて、「たまたましょうがないでしょう」って曲目になってくれる時間が増えるから。

 

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毎日祖母が葉っぱをはくので庭は綺麗です

 

日常98  おばばと庭

 

祖母、本当は石とか岩とか使った庭園的なもの作りたかったらしい。

祖母、本当は、たくさん木を植えたかったのに、祖父がかたっぱしから引っこ抜いてたらしい。

 

祖母、来年はみんなで花見したいって、ちょっと机とか用意したい気持ちがあるらしい。

祖母、もらった花をあっちこっちに植えるから、めっちゃ忙しい。

祖母、今年は野菜をあっちにこっちに植えたいらしい。

 

 

 

89歳、できなかったこともたくさんあるけど、

まだまだ夢もたくさんある。

 

 

 

そして、もうすぐ、90歳である。

 

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おばばのお庭

 

日常97  おばばと暮らせば、続いてます。

 

 

いとこさまに、「10月から再開します」と宣言して、

なんと、20日も経ってしまっていた。

(いとこさま、編集者のようである)

 

 

 

 

孫、論文を書いてました。

それが雑誌に掲載されるかは、実はまだわからない。

だから、正直「書きました!」とは言い難い。

 

 

 

ただ、めちゃくちゃ、頑張りました……

社会人で、論文書くって本当なめてました……

こんなにしんどいとは思わなかった……恥ずかしい。

 

 

 

でも、なんというか。

この疫病が流行るなか、孫がそれでも(一応頑張って)やってる姿を見た家族や祖母が、

めちゃくちゃに協力的で、ずっとずっっと応援してくれてたんです。

それが、一番嬉しかったです。

 

 

 

 

 

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桜はすでに冬模様



 

 

 

 

 

論文書いてる間も、祖母との暮らしは続いていて、

まあ、衝突ももちろんあったけど。

おかげさまで、一年以上経って初めて、祖母って人間をわかってきた気がする。

 

はじめは、「孫のおばあちゃん」っていう存在としてみてたなと。

孫にとってこの人は、未来永劫「孫のおばあちゃん」なんだけど、

 

 

 

 

そばが嫌いだったり

思ってることをすぐ言わないで、後でたくさん愚痴ったり

草刈りが三度の飯より好きだったり

お茶は自分が作ったものじゃないと飲まなかったり

ありがとうとごめんなさいは、たっぷりいうところとか

 

 

 

 

そういう個人としての要素を見つけるたびに、

この人は「孫のおばあちゃん」だけど、

ひとりの人間として、ここに生きている人なんだなと、

今更だけど、当たり前だけど、ものすごく実感して。

 

 

だから、またブログという形で書いていこうって思った。

この「人」が、生きて過ごした時間は、やっぱり面白い。

祖母の語る「日常」は、やっぱりどこか孫にとっては「朝ドラ」に近くて。

それなのに、祖母のいる今は、孫ももちろん生きてる今で。

 

 

 

 

そばが嫌いなのは、戦中にそればかり食べたから。

後で愚痴るのは、村で生きていくための処世術で、

ずっとずっと百姓の暮らしをし続けていて

食べるものも、着るものも、暮らすために必要なものはほとんど「作って」きた人で

たくさんの人の最期をゆっくりたっぷりお世話したから、

自分が後期高齢者になった今、絶対に感謝は忘れないようにしている。

(周期的に、疑心暗鬼にはなるんだけどね)

 

 

 

 

昭和、平成、令和を生きた祖母と、現代っ子な孫の仁義があったりなかったり日常。

また、更新していきますので、よろしければお付き合いください。