日常38 祖母と紫蘇
祖母入院前日、祖母が荷物準備をしている間。
孫は畑で紫蘇をひたすら刈っていた。
「せっかく残しといたんじゃけぇ、はよどうにかせい」
畑に勝手に生えてくる赤紫蘇たち。
ジュースにしたいなぁと思わずつぶやいたのは、もう数ヶ月も前の話。
それからニョキニョキ健やかに育った紫蘇達は、ものすごく丈夫で幹みたいな茎に育って、畑を陣取っていた。
ここ数週間は、休みの日に祖母の入院道具を買う作業に当てていたので、なかなかできなかった。
今がチャンスとばかりに、朝も早くからハサミとバケツを下げて畑の紫蘇をちょきちょきする孫。
ところが、ここで誤算。
孫は、料理も苦手だが、それ以上に算数が苦手である。
本当に、小学生もびっくりするような間違いをする。
割引の暗算はできる、そろばんしていたから。
でも、グラム計算がものすごく苦手。
紫蘇ジュースのレシピに、「紫蘇 300グラムくらい」とあって。
それに対して、孫はこの瞬間、とんでもない考えを巡らしていた……
(300かあ。葉っぱだしなあ、どのくらいとればいいんだ? 300でしょう? え、キロにすると何キロだ? あ、3キロ? やべー超いるじゃん、赤ちゃんじゃん)
文字にすると、おバカ加減がすごい……
そう、孫は数字になるとアホさがすごいんです。
もう、言い訳のしようがないくらいにおバカなんです。
さらに、紫蘇を刈り始めるとちょっとそれも楽しくなってしまい、あれよあれよという間にバケツ二つが紫蘇でいっぱい。
花束ならぬ、紫蘇束である。
それを、一本ずつ洗う。
この作業が一番腰にきた。
ひたすら洗っていると、鮮やかな毛虫やら、ものすごく綺麗な緑色のクモやら、全身ひたすら真っ白なよくわからない虫、色々な生き物が命のために逃げてゆく。
意図的に殺すことはしないけど、逃げ遅れた子達がぷかぷか浮いてくる。
友人の子どもがムカデを殺した瞬間に大泣きしちゃってという話を思い出す。
虫が苦手で見るのも触るのもダメだった私は、数ヶ月経って虫に対して立派なメンタルを育みつつある。
虫だって生きている、だがしかし、私だって生きている。
毎日ものすごく近いところで自分とは別の命が生きることに必死だと、全然違う生き物だけれど、その気持ちも伝染している気がする。
命をかけて生きること、それに対して悲しい気持ちも生き抜くぞという気持ちもどっちも共存してくる気がする。
なんてことを、紫蘇を洗いながらそういうことを考えていた。
だかがしかし、全然終わらない。
ここにきてようやく、孫は3キロという言葉に疑問を持つ(遅い)
なんやかんやで合計1.5キロほどになった紫蘇。
無事に出来上がった紫蘇ジュースは、ものすごく残念なことに、孫はあまり好みではなかった……(美味しかったけど、好きな味ではないってやつ…)
ちなみに祖母も、紫蘇ジュースあんまり得意じゃない。
なんで作ったんだ、紫蘇ジュース。
でも、作るのは楽しかったからまあいいか。