おばばと暮らせば

瀬戸内海海域の中山間部に住む、90歳のおばばと孫の暮らし。おばばの言葉や思い出が面白すぎたので記録取っていくことにしました。

日常20 祖父の2度目のプロポーズ

 

 

私の祖父と祖母が結婚したのは、今から69年前。

祖母が19歳のとき。

 

当時、祖母は右の中指を大怪我していた。

和裁をしている時、針が刺さったところからばい菌が入ってしまい、

骨にまで達して、ほとんど腐ってしまったらしい。

結果、指先1cmを切り落とす大手術をして、病院に通っていた。

まだ18歳の頃のことだった。

 

朝、いつものように祖母が病院へ行く道中、自転車を二人乗りしている男とすれ違った。

(お、どこぞが見合いかな?)

そんなことを思ったそう。

それは的中して、さらにそれが祖母自身への見合い道中だったのを知ったのは、帰宅途中に寄り道しまくっていたところを、弟が探しに来てからのことだった。

 

男勝りで正義感の強い祖母。

その上、怪我をしていたからぜんっぜん結婚に乗り気ではなかった。

 

それでもやはり結婚をしなくてはならなくて、旦那の顔も覚えていないような状態で結婚式を迎えた。

 

 

 

後に祖母は、結婚の決め手がなんだったのかを祖父に聞いた。

「おさげが可愛かった」

だって。

つまりは、ほとんど、祖父の一目惚れだったようなのだ。

 

 

連れ添って、4人の子どもを産んで、1人はすぐに亡くなったけど、3人はすくすく育ち、2人は無事に退職もし……そうして祖父がアルツハイマーになった。

 

 

おかしくなり始めた頃、病院に行く車の中でのこと。

クスクスニヤニヤ笑う祖父に、何がおかしいのかと祖母が聞いた。

お前は笑うだろうから言いたくないと祖父は言う。

笑わないから言えばいいと促すと、照れながら祖父は言った。

「おまえのことが好きで好きでかなわんようになった」

それを聞いた祖母は大笑い。

「笑うな言うたじゃあ」

「そりゃあんた、笑うな言うんが無理じゃ。それじゃあ何か、あんたは今までわしのことが好きじゃあなかったんですかい」

「そうじゃあのうて、今までよりもずっともっと好きになってしもうたんよ」

 

 

それから、祖父はゆっくりと全てを忘れていった。

 

 

自分の家のこと、家族のこと、もちろん祖母のこと。

そして、トイレのやり方なんかも忘れていった。

 

入退院を繰り返していたある日、トイレのやり方がわからなくなった祖父にこっち向いて座るよう促してやったときのこと。

 

「あんたぁ、頭ええですなあ」

 

そういって、祖母を見ながら尿をしていた。

祖母は呆れ半分、面白い半分で笑っていたそう。

 

「あんたは、どこ出身ですか?」

 

おもむろに出身地を聞き始める祖父。

この頃、祖父の中では祖母とは離婚。

しかも、理由は祖母が天皇陛下の元に嫁いだからだったそう。

だから目の前にいる祖母は、とても親切なヘルパーさんと思っていたらしい。

 

山口県ですよ」

 

笑いながら、祖父の妄想に付き合う祖母。

 

山口県ですかあ、そりゃ、わしの別れた妻と一緒ですね。名前はなんと言うんですか」

「ゆきこです」

「おおお、それはまた奇遇です。わしの別れた妻もそう言います。なんと書きますか?」

「幸子と書いて、ゆきこと読みます」

「それはそれは、わしのもそう書きます。あんたは結婚されとりますか?」

「はい、別れたそうですよ」(祖母めっちゃ笑ってたそう)

「それなら、次結婚することがあったら、わしと結婚してください」

 

ボケ始めに、2度目の告白。

ボケて、2度目のプロポーズ。それも便器の上から。

 

 

この話が私は好きで、もうそれこそ10回以上は聞いている。

ボケ出した祖父の話を、笑いながら何度も聞いていた祖母。

少しボケて繰り返し繰り返し話す祖母の話を、今は私が聞いている。

 

 

「じゃあ、ばあばが死んだらさ、3回目の告白とプロポーズがあるかもね」

 

 

そう言うと、祖母は大爆笑する。

モテモテだった祖母はまた祖父と結婚するのだろうか。

それとも、初めてラブレターをくれたあの人に返事をするのだろうか。

 

死んだ先の未来でさえも、なんだか気になる88歳の恋愛模様です。

 

 

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祖父が建てた家と祖母が植えた桜