日常1 朝からお茶づくり
「バチバチ言うまで煎りんさい」
「これでええ?」
「あーもうボロになっとるじゃないね」
「えー」
「量がすくないけぇよ」
「そんなのわかんないよぉ」
「ほれみ、全部粉々じゃ」
「………(ふてくされる私)」
しょっぱなから喧嘩のお茶づくり。
庭にあるお茶を祖母がつんだのは昨日のこと。私が帰ってきたら明日の朝一でお茶を煎ると言われた。
大きな鍋にやわらかい新芽をどさっと放り込み、最初は手で混ぜ、暑くなったらしゃもじで混ぜる。それも力一杯。祖母が現役の頃は、出勤前にしていた作業。
お茶の葉を煎る作業ひとつまともにできない、いちいち何かの動作のたびに質問する私に、茶摘みの歌を歌って教えてくれる。
「夏も近づく八十八夜ちゅう歌があろう? あの通り、八十八夜ごろにつむんよ」
煎ったお茶っぱを、今度は蓑の上に広げて揉む。
右に左に「ソ」の字を書くように、行ったり来たりして100数えるのだそう。
蓑は何年も使っているせいで茶渋色に染まっている。
その蓑ごと、玄関の日当たりが
いい場所へ1日置いておく。
今日の仕事はここまで。
5月に入ると田植えの準備やら草むしりやらで忙しい祖母。
毎日やらねばならぬことがあれよあれよと増えていく。それと同時に、祖母は生き生きとし始める。冬の間できなかった草いじりと一年の食べ物の準備が、生きるための準備だからだろうか。
生きるための暮らしはものすごい重労働。商店のない田舎だとなおさら。
背中の曲がった祖母は一動作ごとに休憩する。
それでも毎日、今日はあれした、これした、これができなかったから明日はこれしてからあれだと、忙しそうに、でも楽しそうに話してくれる。
祖母と暮らせば農作業が一緒についてきた。
私はまだまだ農業初心者、百姓0歳なので、まずは水やりから。
朝起きてまず田んぼへ水を入れる。
ご飯を食べたら、祖母が水を持って行き難い、ベリーやらいちじくやらぶどうへ水をやりにいく。ついでに夕飯用に菜っ葉をつむ。
そんな私の足元には、一昨日祖母が殺したムカデの無残な死骸がある。最初は叫んでいた私もやっと叫ばなくなってきた。
その死骸を、アリがせっせと巣へ運ぶ。あと数日もすれば、ムカデはそこから自然となくなるだろう。
日差しが強くなる前に、それらを終わらせて私は仕事へ出勤
。
祖母は今日も畑へ。
お茶の葉は、まだまだいっぱいある。今年の葉っぱを全部煎り終わる頃には、私一人でもできるようになっていたらいいのだけど。
手を鼻に近づけると、若い抹茶の香りがした。