日常3 苗から田植えへ
冬の間、祖母は寒すぎて動かなくなるらしい。
まるで冬眠するように、こたつに入ってひたすら春を待っている。
そして、四月になると少しずつ身体を動かして、時々ボケてきたとか頭がおかしくなったなど言いながら五月を迎える。
ボケたなんて本当に冗談だと思わざるえないくらい、俊敏に動きかつ口うるさくなり、常に気を張り詰める時期がくる。
早朝、農協さんが運んでくれる小さな小さな青い葉っぱたち。
お米の苗だ。
彼らがうちにくると、祖母は新生児を産んだばかりの母のように忙しい日々を田植えの日まで送り始める。
朝起きて、まず苗たちが朝露に当たっていないか確認する。
昔はあったビニールハウスを、祖父が亡くなってから解体して今は祖母の庭になっているという理由もあるが、苗たちが来たらその時期だけのお手製簡易ビニール傘を作ってやる。
お昼前には水やりをして湿らす。暑いひはそれをもっとこまめにやる。
一日中気にかけているので、田植えまではデイサービスもお休みする。
新聞でチェックした天気によって、ビニールの上に毛布をかけてやる。
寒くないように、暑くないように、乾かないように。
「今日は暑いのぉ」
「今朝は寒かったか?」
そうやって苗たちと話す祖母の声を聞きながら、私は苗たちを植える田んぼの水が枯れないよう番をする。
朝起きて、何よりも先に田んぼへ行く。
少し引いていたら田んぼの水路を止めて、田へ入る水を増やす。増えすぎている田んぼへは入らないように板を組み合わせて調整する。
完璧に止めてしまうと田んぼがひあがっちゃうから。
祖父が作った田んぼは、水源としている川より少し上に位置している。そのため、幾つも段を作って水を落としていく。下流へ行けば行くほど段が高くなる。
私はチビで足も短いので、踏ん張りたくても水路の幅でさえ結構きつい。
本当にきつい。
水圧がきついから、持っていかれそうになる。
仕事へ行く前と後の朝夕にするそれが、目下一番大事な私の役割。
五月、祖母は本当にうるさくなる。
ごはんを食べていても苗の心配、田の心配。
目を閉じてあれがいかんこれができてない、あれもしなくちゃとブツブツつぶやくのはなんだかお経みたいで、私はそれを黙って聞くからちょっと眠くなる。
ご飯を食べながらそれなんだもん、じゃあ少し手伝うよと、何も考えずに言ったのがことの始まり。
祖母は寒い夜、曲がった腰で外に出る。
苗に毛布をかけ忘れたからだ。
そこまでせんでも…と思う傍、そうした方がストレスないならしょうがない。
祖母のストレス過多は私にとっても楽しくないし。
そうして始めた農業もどきの日々。
思っていたより自分も祖母の影響を受けていたようで。
暑い昼過ぎ、私は職場からうちの田が心配になって電話する。
「帰って水入れる?」
「やらんでええよ、仕事が終わるまでは大丈夫じゃろう」
なんてやりとりはしばしば。
そんな話をすると、妹から
「姉ちゃんもばあちゃんっぽくなってきたね」
と言われる。
…あんまり嬉しくない。
けど、今まで全く触れてこなかった米づくり。
今年は自分が面倒をみた田んぼの子たち。
今からちょっと楽しみです。